大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)396号 判決

上告人

全騏在

右訴訟代理人

中野哲

被上告人

京都朝鮮信用組合

右代表者代表理事

金在叔

右訴訟代理人

加地和

前川大蔵

主文

一  原判決中、主文第二項を除く部分を次のとおり変更する。

被上告人は上告人に対し、金二三六万七〇三一円及び(1)内金一九六万五二九二円に対する昭和五三年四月一日から完済まで年六分の割合による金員、(2)内金四〇万一七三九円に対する昭和四九年六月一五日から昭和五〇年六月一四日まで年七分三厘五毛、同月一五日から同年一一月三日まで年三分、同月四日から昭和五一年九月一八日まで年二分五厘、同月一九日から完済まで年六分の各割合による金員の支払をせよ。

上告人のその余の金銭支払請求を棄却する。

二  上告人のその余の上告を却下する。

三  訴訟の総費用はこれを一〇分し、その一を被上告人の、その余を上告人の各負担とする。

理由

一上告代理人中野哲の上告理由第一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

二同第二について

次の点は、当裁判所に顕著なところである。

大韓民国の民法のうち相続に関する部分については一九七七年(昭和五二年)一二月三一日公布の改正法によつて法定相続分等の改正が行われ、右改正に係る規定は一九七九年(昭和五四年)一月一日から施行されたが、右改正法の附則五項により、改正法施行前に開始された相続については改正法施行後も旧法の規定を適用するものと定められている。そして、右旧法の規定によれば、(1)戸主相続においては被相続人の直系卑属男子が第一順位の相続人であり、同順位の直系卑属が数人あるときは最近親の年長者を先順位とすること(九八四条、九八五条)、(2)財産相続においては被相続人の直系卑属が第一順位の相続人であり、同順位の相続人が数人あるときは最近親を先順位とし、同親等の相続人が数人あるときは共同相続人となること(一〇〇〇条)、(3)直系卑属が財産相続人となる場合には、被相続人の妻はこれと同順位で共同相続人となること(一〇〇三条)、(4)財産相続における法定相続分については、(イ)同順位の相続人が数人あるときは均分とするが、財産相続人が同時に戸主相続をする場合にはその固有の相続分に五割を加算し、女子の相続分は男子の相続分の二分の一とすること(一〇〇九条一項)、(ロ)同一家籍内にない女子の相続分は男子の相続分の四分の一とすること(同条二項)、(ハ)妻が直系卑属と共同相続人になる場合の妻の相続分は直系卑属男子の二分の一とすることが、それぞれ定められている。

原審の確定したところによれば、上告人の父で、戸主である全炳和は右改正法施行前の昭和四八年六月二三日に死亡し、その相続については法例二五条により大韓民国法が適用されるべきところ、同人には妻、長男である上告人を含めて男の子三名、他家の家籍にある女の子一名、同一家籍の女の子一名があるというのであるから、右相続について適用される前掲の法改正前の各規定に照らせば、上告人は全炳和の戸主相続人を兼ねた財産相続人として二三分の六の法定相続分を有するものというべきである。

ところが、原判決は、前記改正後の法律によつて上告人の法定相続分を二九分の六と認め、これを前提として本件預金払戻請求権のうち上告人に属すべき部分を算定しているのであつて、右は大韓民国法の解釈適用を誤つたものというべく、この違法が原判決中上告人の本訴預金払戻請求を棄却した部分に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、原判決中右預金の払戻請求に関する部分は破棄を免れない。

そこで、原審の適法に確定した事実関係に基づき、正しい相続分に従つて上告人に属すべき預金債権の額を計算する。

上告人は、全炳和の死亡の結果、相続により、本件預金債権(預金(一)ないし(五))の二三分の六並びに被上告人に対する元本額一二二九万七二四二円及び一七一六万円の二口の債務の各二三分の六を承継したものであるところ、被上告人は、昭和五三年九月八日の第一審口頭弁論期日において右二口の債権及び別に上告人に対して有する元本額五〇〇万円の貸金債権を自働債権として上告人の有する本件預金債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたが、右意思表示においては相殺に供される自働債権と相殺の目的となる受働債権との個別的な指定がされておらず、また、相手方たる上告人もそのような指定をしていない。このように自働債権又は受働債権として数個の元本債権があり、相殺の意思表示をした者もその相手方も右数個の元本債権につき相殺の順序の指定をしなかつた場合における元本債権相互間の相殺の順序については、民法五一二条、四八九条の規定の趣旨に則り、元本債権が相殺に供しうる状態となるにいたつた時期の順に従うべく、その時期を同じくする複数の元本債権相互間及び元本債権と利息・費用債権との間で充当の問題を生じたときは右四八九条、四九一条の規定を準用して充当を行うのが相当である。そこでこれによつて相殺及び相殺充当を行うのに、まず自働債権についてみると、被上告人の上告人に対する債権は、(一)貸付元本三二〇万七九七六円(前記一二二九万七二四二円の二三分の六)及びこれに対する弁済期の翌日たる昭和四八年四月一五日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「自働債権(一)」という。)、(二)貸付元本四四七万六五二二円(前記一七一六万円の二三分の六)及びこれに対する昭和五三年四月一日以降の年六分の割合による未払遅延損害金の債権(以下「自働債権(二)」という。)、(三)貸付元本五〇〇万円及びこれに対する弁済期の翌日たる昭和五一年五月六日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「自働債権(三)」という。)の三口であるところ(遅延損害金の割合はいずれも商事法定利率による。なお、原判決は右(一)、(二)の遅延損害金の額を確定しえないことを理由としてこれを相殺の自働債権とすることができない旨判示するが、少なくとも上記の割合による遅延損害金の発生を否定すべき理由を見出しえない。)、昭和五三年三月三一日まで遅延損害金が支払われた前記自働債権(二)は、相殺の順序に関しては同日に相殺に供しうる状態となつたものとして扱うべきであるから、結局自働債権(一)、同(三)、同(二)の順に相殺を行うべきことになる。次に受働債権についてみると、上告人の被上告人に対する債権は、(一)定期預金元本五二一万七三九一円(預金(一)の元本二〇〇〇万円の二三分の六)及びこれに対する(イ)昭和四九年五月四日から昭和五〇年五月三日(満期の前日)まで年七分三厘五毛、同月四日から昭和五〇年六月一二日(上告人が払戻請求をした日)まで年三分の各割合による利息、(ロ)同月一三日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「受働債権(一)」という。)、(二)定期預金元本六五二万一七三九円(預金(二)の元本二五〇〇万円の二三分の六)及びこれに対する(イ)昭和四九年五月三一日から昭和五〇年五月三〇日(満期の前日)まで年七分三厘五毛、同月三一日から同年一一月三日まで年三分、同月四日から昭和五一年九月一八日(上告人が払戻請求をした日。以下、(三)及び(四)の各預金について同じ。)まで年二分五厘の各割合による利息、(ロ)同月一九日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「受働債権(二)」という。)、(三)定期預金元本一二万円(預金(三)の元本四六万円の二三分の六)並びにこれに対する前記(二)におけると同一の各期間につき同一の各割合による利息及び遅延損害金の債権(以下「受働債権(三)」という。)、(四)定期預金元本四〇万一七三九円(預金(四)の元本一五四万円の二三分の六)及びこれに対する(イ)昭和四九年六月一五日から昭和五〇年六月一四日(満期の前日)まで年七分三厘五毛、同月一五日から同年一一月三日まで年三分、同月四日から昭和五一年九月一八日まで年二分五厘の各割合による利息、(ロ)同月一九日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「受働債権(四)」という。)、(五)通知預金元本一三〇万四三四八円(預金(五)の元本五〇〇万円の二三分の六)及びこれに対する(イ)昭和四九年六月一五日から昭和五一年九月二〇日(上告人が解約通知をした日の二日後)まで年三分五厘の割合による利息、(ロ)同月二一日以降の年六分の割合による遅延損害金の債権(以下「受働債権(五)」という。)の五口であるところ(いずれも利率は約定利率、遅延損害金の割合は商事法定利率による。)、相殺の関係では、定期預金である受働債権(一)ないし(四)はいずれもその満期に、また、通知預金である受働債権(五)は期限の定めのない債権として預入れの時に弁済期にあるものというべきであるから、結局受働債権(五)、同(一)、同(二)及び(三)(同一順位)、同(四)の順に相殺を行うべきことになる。

まず、最初に相殺適状となるのは自働債権(一)と受働債権(五)であるから、両者の間で相殺をすると、相殺適状を生じた昭和四九年六月一五日までに前者については二二万五一七四円の遅延損害金が生じているから、遅延損害金、元本の順に充当される結果、自働債権(一)は元本二一二万八八〇二円が残存し、受働債権(五)は全部消滅することになる。次に相殺適状となる右自働債権(一)の残存分と受働債権(一)との間で相殺をすると、相殺適状を生じた昭和五〇年五月四日までに前者については一一万三〇三一円の遅延損害金が、後者については三八万三四七八円の利息が生じているから、利息(遅延損害金)、元本の順に充当される結果、自働債権(一)は全部消滅し、受働債権(一)は元本三三五万九〇三六円が残存することになる。次に相殺適状となる自働債権(三)と右受働債権(一)の残存分との間で相殺を行うと、相殺適状を生じた昭和五一年五月五日までに後者について利息、遅延損害金合計一九万一六六〇円が生じているので、前同様の順序で充当される結果、自働債権(三)は元本一四四万九三〇四円が残存し、受働債権(一)は全部消滅することになる。次に相殺適状となる右自働債権(三)の残存分と受働債権(二)及び(三)との間で相殺をすると(この場合受働債権(二)と(三)とは遅延損害金の率が同じであるから、民法四八九条四号が準用されることとなる。)、相殺適状を生じた昭和五一年五月五日までに後者について合計六五万七三四九円の利息が生じているので、前同様の順序で充当される結果、自働債権(三)は全部消滅し、受働債権(二)及び(三)は元本合計五八四万九七八四円が残存することになる。次に相殺適状となる自働債権(二)と右受働債権(二)及び(三)の残存分とを相殺すると、前記のように相殺適状の成立時と同視すべき昭和五三年三月三一日までに後者について合計五九万二〇三〇円の利息、遅延損害金を生じているので、前同様の順序で充当される結果、自働債権(二)は全部消滅し、受働債権(二)及び(三)は元本合計一九六万五二九二円(その内訳は、当初の債権元本額によつて右合計額を按分した額、すなわち受働債権(二)が一九二万九七八四円、同(三)が三万五五〇八円である。)が残存することになる。

以上の結果、上告人の本訴預金払戻請求は、(1)受働債権(二)及び(三)の残額一九六万五二九二円並びにこれに対する昭和五三年四月一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金、(2)受働債権(四)の元本四〇万一七三九円並びにこれに対する昭和四九年六月一五日から昭和五〇年六月一四日まで年七分三厘五毛、同月一五日から同年一一月三日まで年三分、同月四日から昭和五一年九月一八日まで年二分五厘の各割合による利息及び同月一九日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを正当として認容し、その余を失当として棄却すべきである。原判決中主文第二項を除く部分は、右と趣旨を異にするものであるから、これを右のとおり変更することとする。

三本件上告中、上告人の中間確認の訴につき原判決の破棄を求める部分については、上告人は民訴法三九八条に違背し民訴規則五〇条所定の期間内に上告理由を記載した書面を提出しないので、右上告は却下すべきである。

四よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人中野哲の上告理由

第一、原判決は、審理不尽の違法がある。〈省略〉

第二、原判決は、準拠法である韓国民法の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決は、本件につき、相続の準拠法として、亡全炳和の本国法―韓国民法―を適用すべきものとしている。

二、そして、財産相続における法定相続分は、戸主相続人が固有相続分の1.5(韓国民法第一〇〇九条一項但書)、妻が同一家籍内の直系卑属の1.5(一〇〇九条三項)、他家の戸籍にある直系卑属女子が直系卑属男子の相続分の0.25(一〇〇九条二項)とされていると判示している。

三、しかし、原判決が引用する右条文は、何れも(一九七七年)昭和五二年一二月三一日に公布され、(一九七九年)昭和五四年一月一日から施行されている現行法典のものである。改正後の民法の条文である。

四、右全炳和が死亡したのは、(一九七三年)昭和四八年六月二三日であるから、その時点で相続は開始している。

そして右昭和五四年一月一日から施行されている改正民法の附則第五項は「この法律施行前に開始された相続に関しては、この法律の施行後にも従前の規定である旧法を適用する」旨明示しているから、右全炳和の相続については、所謂旧法――右昭和五四年一月一日から施行されている新法の改正前のもの――を適用すべきものなのである。

五、ところで、旧法によれば、上告人(長男):次男(全宏):三男(全乃夫):四男(全勇):全炳和の妻(〓珠):長女(他家へ嫁いだ・久愛):次女(他家へ嫁いだ美利)の法定相続分の割合(比)は1.5:1.0:1.0:1.0:0.5:0.25:0.25となる(一〇〇九条―旧)

従つて上告人の相続分は5.5分の1.5(つまり一一分の三)である。

六、右一一分の三の相続分を有するものとして、本件預金を相続し、また全炳和の債務を相続したものとして、被上告人の相殺の抗弁につき判示をすべきである――尤も、上告人は、本件預金は上告人所有のものと主張するものであるが、仮りに、そうでないとしても――のに、原判決は上告人の相続分が二九分の六であると誤つている。

(尚附言すれば、原判決引用の新法によつても、上告人、次男、三男、四男、妻、長女、次女の法定相続分の比は、1.5:1.0:1.0:1.0:1.5:0.25:0.25であるから、上告人の相続分は6.5分の1.5つまり一三分の三となるはずで、二九分の六と云うのは、おかしい)。

七、右相続分を誤つたため、上告人に被上告人が支払うべき全額が過少となつている。判決に影響を及ぼすこと明かな法令違背である。原判決は、この意味で、違法の判決と云うの他ない。

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